視力を失った方だった。最寄り駅で電車を下りみんな足早にエスカレーターを駆け上る中、静かに一人 左手に白いステッキを握って立っておられた。エスカレーターを上りきる場所を音で理解されているのか、その場でちゃんとステッキを前に出し歩く体勢に入る。平坦な道であることをステッキで確認した後、少し不安げに足を踏み出された。今日の駅構内は受験帰りと思われる若い人でごった返していた。少しでも役に立てればうれしいと思い混んでます 大丈夫ですかと声をかけてみたら、いつもと人の数が違いますね とお話された。ステッキで足下前方を確認しながら慣れたように進まれる姿を見て毎日この駅を利用していることがわかった。少し離れて歩を進めようと思った時、自動改札機に正面から衝突された。すぐにステッキで足下を確認していつものこと、という感じで少し後方に下がりもう一度ステッキで位置を取り直された。おせっかいだなあと思ったけど再度声をかけて腕を軽く持ち、自分が通ろうとした改札機の前を通ってもらった。改札を出た所で行く方向を聞いたら自分と同じだったので腕を持ったまま一緒にいきましょうと声をかけた。要らないおせっかいだったかもしれないなあと思う。だとしたら本当にごめんなさい。でもそれでもやっぱり動かずにはいられなかった。駅を出るまで何も話さずにいた。その方はしっかりステッキを握って真っ直ぐ前を向かれていた。エスカレーターを下りたところでコンコンと足下を確認した後「助かりました。ありがとうございます」とわたしがいる側に向き直りお礼を言ってくださった。そしていつも通り慣れている風な歩みで先に進んでいかれた。涙が止まらなくなった。
お礼を言いたいのはわたしの方です。とてもとても大切なことを気付かせていただいた。