左手の甲に割と目立つ火傷の痕があります。中学1年生の時だったか、隣の席の男子に左手を見て「うわなんそれ。なんかすげえ」というようなことを言われ、まったく悪気のない一言にすごく傷ついた自分がいた。今思えばなんてくだらなくてちっぽけな乙女心よと情けないが、当時しばらく人前に左手を出すのを躊躇するようなった。数年レベルで。受け入れたくない自分を人に気付かれるこわさと、それをマイナス判断されることで湧き出る不可抗力な感情をどう処理すればよいのかわからなかったのだと思う。
左手のトラウマを克服できたのもほんのさりげない言葉だった。痕を見られて、これ火傷した痕なのと逃げたい気持ちで言ったら「痛かったでしょ?」と。思わぬ方向からの言葉だったので、あまりに突貫されてその場で泣いてしまった。悪気のない些細な一言に勝手に傷つき、ほんのさりげない言葉で救われる。単純な自分が恥ずかしいですが、人を癒してくれるのは人だと思う。
いま抱えている負の自分や感情についても、この火傷の痕の時と同じで誰かの一言に救われるのを待っているかもしれない。この人はだいじょうぶという安心が持てたら、きっかけは思わぬ方向からあまりにさりげないので、ひらいて見せてみる方向を採用してみようと思った次第です。
夕べ思い出した過去のできごと、おしまい。